無3

信号のない十字路で、普段なら気にも留めない赤い逆三角形の『止まれ』の道路標識が視線に飛び込むと、私は歩を止めなければならなかった。右からエンジン音と共に、アスファルトを僅かに揺らしながら、バスの黒いガラスに自分の姿と一人、斜め後ろにスポー…

無2

今日は待ちに待った土曜日。お爺さんが茶色い葉の混じった黒い液体に顔を突っ込んでいた。新宿駅の東口へと階段を上り、左に沿って歩くと喫煙所。2年ほど前に私は煙草をやめていたが、友人のyが「喫煙所へ行こう」というのでついていった。yはさっきキオスク…

無1

どうせ退屈な休日が始まると思って居た。仕方なく13時に眼を擦りながら布団から零れるように這い出る。眼を擦る。もう何度も違う生活をやり直すことに失敗している。計画も立てず、同じような休日がカレンダーに色を塗る。冷蔵庫にあったオレンジジュースを…

近状_雑記

存在から本質を引いたとき、なおもそれはそれか。例えば、レモンは黄色い、あの形の、酸っぱい、などあるがこれらはレモンの要素であって、レモンの本質ではない。であれば、植物の分類学における定義だろうか。しかし恐らく植物学の定義も述語の集積にすぎ…

意味1

テクストそれ自身は時間を持っているといえるだろうか。それはそれとして、例えば、こんな文章にもすでに時間がながれているのだろうか。分かりやすくいえば、小説や映画のフィルムは再生されるとき時間が現れるような意味での時間。これら小説やフィルムは…

ロラン・バルトへ

内側から見てドアが開いているとき、外から見たドアは閉まっていると見せかけて、普通に開いているものである。ところで何かを考えるには遮断する必要がある。遮断するとき人は襲撃される。なぜなら遮断されている場こそ襲撃には都合がよいからである。思考…

006

不幸になりたいので不幸を探しています。

受動的発生/能動的発生

例えばデリダが『フッサール哲学における発生の問題』で提出したこのことは、 つまりデリダがいうように「フッサールを不安にさせるもの」は、いわば”発生の起源”という問題はどんなところにも及んでおり、未だ人間は"発生"というこのことがどこからやってく…

la chose même / les choses même

マリオンは『存在者と現象』において、ハイデガーを引用してこう述べている。 われわれは現象学に専心しているのではない。現象学そのものが専心しているものに、専心しているのである。(ハイデガー) 現象学の対象とは現象学ではない。それは諸事象そのもの<les choses même></les>…

詩片3

珈琲のカップにミルクを注ぐ 円錐の底面の縁の上に 内側に向かって座っている少年の顔に覗く空漠の笑顔の中で 白い正四面体は完成する 頭上から鋭い鉄の棒が貫く 輪郭は解けて液体となって零れる 夜空を剥がせば 青空に放たれた粒子に反射したる光が見せるの…

詩片2

コンクリートに 黄色い 線上の 忙しなく 些細な 歩く 情報に まだら模様の 白い 剣先に 鈍い

kokowa

余りにも書くことがないため、kokowaで作成したものを貼り付ける作業をします。

『論理学研究』エドムント・フッサール_序論_(1)

備忘録ということを踏まえて簡潔に書いていければと考えている。タイトルにあるように、ここでは『論理学研究』の序論で語られていることの概要をまとめていこうと思う。まったく個人的なことではあるが、最終目標として、ジャン=リュック・マリオンの『還元…

年の瀬

色々あり過ぎてあまり思い出せない。 笑ってしまうくらい、人生とは人生だ。3日までに何か書ければと思っています。 Nous n’avons d’autre possibilité que l’impossible. ただ、一つだけ言えることがあるとすれば、ヨイオトシヲ。皆、幸多き一年であること…

エンドレス・ポエトリー / アレハンドロ・ホドロフスキー

<ネタバレなのかよくわからないけれどそういうのを避けたいならば読むべきではない> 「人生なんてお荷物だ」 88歳になっても序盤から暴力と暴力みたいな映像。はりぼての現象と自我の狭間で揺れる、若きホドロフスキー。 ビールを普通のジョッキで一杯頼む若…

Sortie de l’existence

神は予め世界から退去していなければならない。 ブランショの『終わりなき対話Ⅱ』において、語られるシモーヌ・ヴェイユは『重力と恩寵』からの引用は殆どなく、『カイエ4』、『神を待ち望む』が大半を占めている。ブランショがヴェイユを語るのは、この『終…

堕落論 /坂口安吾

4.5年前くらいに書いた堕落論についての所感が発掘されたので微妙に修正して載せておこうと思う。 坂口安吾の堕落論を貫いているものは「それが真に必要ならば、必ずそこにも真の美が生まれる。そこに真実の生活があるからだ。」ということであり、社会的秩…

Le 9 septembre 2017

アーレント研究会 第16回大会 シンポジウム 哲学と政治 -フランス・イタリア思想におけるアーレント Le 9 septembre 2017 @慶應義塾大学 三田キャンパス 西校舎519教室 ハンナ・アーレントについて殆ど知識がない。 学者でも元学徒でも何でもない一般人の雑…

内的体験

バタイユの内的体験について、もう少し沈黙されなければならないような気がされたため、エントリーは取り下げられた。いかんせんここに書かれた不十分なある問いが発せられた地点は、読まれたのがそこに差し掛かったところであったためである、ということが…

「天国は地下 真冬の夜の底」

踊ってばかりの国 / 2017_8_31 何年前か、代官山UNITで観た踊ってばかりの国。 初めて観たときの彼は金色に染められた長い髪を揺らしながら、殆ど啓示にも似た唄でまるでキリストのようだった。衝撃的だった。今日、この場所で、あの時と同じように、違うよ…

映画16

なんか映画観たいが何観ていいかわからないのでこのリストをゴトリと置いておくことによって、取り敢えず人間を以下四つに分断したいと思う。 ・「俺もわからん」人 ・「あれがねぇぞ糞野郎」人 ・「何それ観てみる」人 ・「興味ない」人 好きな映画16 ・気…

京都0815_16_17_2017

【京都】 ※はじめに 3日分まとめて書こうと思っていたが長くなり体力が尽きたので、 途中ながらアップロードすることに。初日分。 残りの二日分はこの頁に加筆・修正していきます。 こんなことをしていたら連休が終わってしまう。。。。つらい。。。。 【現…

Pourquoi il y plutôt quelque chose que rien?

形而上学入門/マルティン・ハイデッガー 訳 川原 栄峰 (平凡社ライブラリー) 以下の引用(四角で囲われた部分)はすべて上記からである。 "Pourquoi il y plutôt quelque chose que rien?" 「なぜ一体、存在者があるのか、そして、むしろ無があるのではな…

神話・共同体・虚構

ジョルジュ・バタイユ生誕120年記念国際シンポジウム 神話・共同体・虚構 ジョルジュ・バタイユからジャン=リュック・ナンシーへ 慶應義塾大学 三田キャンパス 南校舎ホール -----------------------------------------------------------------------------…

前-存在者性

ジャン=リュック・マリオン 『還元と贈与』 を読んだ。 私が読んだものの中で、自身が考えていた"存在者"の認識に、 "私"というものの"存在者"の認識に近いものだった。 予め言っておくと僕の圧倒的力不足により、マリオンの意図していることではないのであ…

映画 「エヴォリューション」

これから書くことは、まだこの映画を見ていない人、今後見る予定がある人、または、見る予定がないとも言い切れない人は見る必要がない。更に実際にこれがネタバレなのかどうなのかは私の知ったことではない。 --------------------------------------------…

北園克衛

北園克衛の詩集が届いた。 読んでいる。

サルバドール・ダリ

昨日はダリ展に行ってきた。 ダリは1926年にダリになる。 最初に断っておくと僕は美術について、絵画について、何かの知識を持っているわけでも、絵を描くこともできない。 ダリがダリになった。 僕がそう感じたのは「巻き髪の少女」というタイトルの絵を見…

2016-8-29

存在者は忘却<埋葬-再生>を根源に生きている。生きることは皮膚を垢で隠し皮膚に亀裂を入れ、日々自己を埋葬-再生することでしかない。再生は埋葬のエネルゲイアとして、埋葬は再生のデュナミスとして、或いは埋葬は再生のエネルゲイアとして、再生は埋葬…

鞄 / 安部公房

安部公房の「鞄」という作品がある。 新潮文庫にて「笑う月」という短編集の中にこれから取り上げる「鞄」という作品が収められているので、是非とも手に取って触れていただければと思う。 500円ほど出せば買えるものです。 安部公房 「鞄」 鞄は、持ち物で…