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Torus-Torus-Torus

回転する円環の中で。たとえ緩やかなメールシュトロームの底でも。

ネブラスカ /  蜿蜒みてぇな家族

ネブラスカを見にゆきました。

 

まぁなんという頑固親父と体たらくな親族達!というのをまじまじと並べ立て見せ付けられたわけで、母親だけがしっかりと母親かと思いきやそんなことなかったりで、この嫌悪感はまぁそれなりに何処にでもあるような気がするのである。親はいつも子より先行しているわけで親が子を選べないように子も親を選べない。ウディの元恋人であるペグと成就していれば、というようなデイヴィッドの表情を見て僕は「あぁそれ俺も知ってる」なんて苦笑を浮かべたものである。何をするにしても何をしないにしても親父のほうが先。親父の表情は何時も子自身へ向けられてはいない。見ているのは何時も子の歩む道のもっと先を見ている。だから「お前に何かを残してやりたい」と奥底から溢れたあの言葉は親父の弱さであり強さであるからやっぱどうあがいてもやっぱり親父はすげぇよと。親父が子へ残すものは与えた地点よりも先の場所に存続するなにかである。子の使命は何時も前に存在する父を追い越すことであるわけで、トラックや空気圧縮機の嘘はデイヴィッドがこの長い旅で漸く父を乗り越えたということであり、この使命は明日は我が身というより何時も我が身に降りかかっている。それはラシュモアの彫像が「ほら、わしらを超えてみたまえ」と言うようにと死んだあとも尚言い続けているように。「うるさい!当選してるって書いてあんだろ!もうわしは長くねぇんださっさとしやがれ」っつってそれが結局どっちだろうが道が蜿蜒となっていようが構わんのだというのがこの旅の意味でありきっと親父の最後の説教である。