鞄 / 安部公房

安部公房の「鞄」という作品がある。

 

僕が当時高校生の頃に授業で触れ、今も心の中にその鞄は置かれている。もしかすると僕は鞄の中にいるのかもしれない。

僕はこの作品に出会うまで、まるで本というものに興味を持つことができず、感想というものを持つことができないでいた。何よりも朝の読書習慣というものが苦手で、何を読んでも次から次へと頭から出ていき、内容を理解できず、苦痛でしかなかった。

けれども読書というのは、読み飛ばしてもよくて、目で追うだけでも実は構わないのだ。感想なんて無理して抱くものでもない。

校長先生の長い話と同じように読み飛ばしても、届かなくても構わない。

それは校長先生の経験と学生の経験との差異だ。差異がなければ苦悩も感動もない。

人はそれぞれそれなりに、何かに感動できない代わりに何かに感動できる。

 

新潮文庫にて「笑う月」という短編集の中にこれから取り上げる「鞄」という作品が収められているので、是非とも手に取って触れていただければと思う。

500円ほど出せば買えるものです。

 

あらすじについてはここで触れるつもりはありませんが、

僕なりにこの作品について少しばかりの回答を。

 

安部公房 「鞄」

鞄は、環境であり、世界であり、自己自身である。そして鞄の中身は外から、つまり自分の目線が届かないところにある。それを持って歩くという無意識的な習慣や癖のようなものが、鞄から意識を遠ざけている。己の習慣や癖を意識するあまり、世界と関わっているということから意識が遠ざかっている。己の癖や習慣に気を取られると歩くことが不自然に感じたり難しくなることに似ている。癖や習慣は選択の前に存在している最も近いものだ。無意識の内に発揮できる存在者の力量といってもよい。

癖や習慣は現在の自分の限界であり、ある意味で世界の限界である。

人間は他者と対峙することでしか、己の筋力の限界と向き合うことがない。他者との対峙をなくして、自分の鞄の中身(癖・習慣)が自らの意識に開かれることはない。そもそも鞄を持って歩くということは、外へ外出するときである。これは他者と対峙するために無意識に自らの限界と世界の限界を鞄の中に押し込めている。

自らの限界と世界の限界は、自らの筋力の限界と同じことを示している。

何を持たなければいけないのか、何を持たなくてよいのか、という習慣や癖の見直し(世界の再考と自らの再考)は、どちらにしても自らの筋力と世界の限界を前にして、再考を迫れられる。

だいたいの人はどこへ行くにも毎日同じものを鞄の中に詰めて外に出る。

筋力の限界は鞄の中身に決定されており、鞄を持って歩くということはその限界内で世界を歩くということである。歩ける範囲というものも鞄に決定されている。

 

 

自分でももはや何を書いているのかわからなくなってきたというのが正直なところである。しかし何かしらの鞄(手ぶらでも同じことです)を持って、世界を歩いている。

 

この「鞄」を読んで最初に思ったことを話すと、非選択の選択の強度とでもいえばよいのだろうか。僕は当時から選ぶことにとても疲れ果てていたように思う。というよりも鞄の中に何かを詰めるのを恐れていた。選ぶことを。また選ぶ偏向性、つまり癖や習慣を晒すことを恐れていた。

しかし、恐れるも何もそんなことの以前に存在者は世界に在るということによって晒されている。鞄の中身は鞄を持つ私によって世界に既に開かれている。しかし、私にはそれを持っている意味がわかることがない。他者との関係を生まれた時から獲得している、あるいは獲得してしまっている。この獲得してしまっているというのは、在ることの前提条件でもある。私の生誕は私が何一つ選んでないところに根源を有している。しかし既に獲得してしまっているがゆえに何がしかを受け取ることができるのも事実なのである。存在者の自由は先ず、既にして在ることが与えられているということにある。

人間の自由はこんなところにあったのだろうか、僕はこの鞄の主がうらやましかったのだ。そして何か救われたような気がしたのだ。僕らは少し先のことが想定したように実際に起こるかということが、どちらに転ぶにせよ常に隠されている。限りなく0%だろうと。限りなく100%だろうと。そういった意味で僕らは神と異なっている。

 

 

この番組の中で、アナウンサーが「自分と他との関係、、」といったとき安部公房は「ですね」と言った後に「自分とというか、他者というのは何かということ」と訂正した。安部公房がここで意識していたのは何なのか、ということを暫くの間、僕は考えていた。何故、”自分”という言葉を外したのか。環境世界によっていわば作られたのが自分という存在者なのであれば、私が私という存在者にこだわることに何の意味もないのかもしれない。それは私が作り出した私である前に、環境世界が作り出した、私なのだから。私の存在はまずもって、私が世界にあるからこそ私はようやく在る。それは現在も他者(世界)との”関係”に引きずり続けられている。それでも我々はこの存在者を他者と区別して”私”と呼んでいる。しかし、私と呼ぶという必要があるということは呼びかけに「応える”私”」を想定している。

他者の中で他者を見出した時、僕という存在者がようやく姿を現すのかもしれない。それも私の中に現れるのではなく、他者の中にしか現れないようなある何か。鞄を持つ者は自分の鞄の中身を見ることで己を理解するのではない。むしろそんなことは邪魔でしかなく、「他者との通路の回復」は、他性から他性へ送り返すことによってしかなしえないのかもしれない。むしろそういうった風にしか本来は存在していない。自分という存在者は自分の意識の中に十分な私が存在しないことによってどこまでも変化の可能性を持っているのかもしれない。未だにやってこないという意味で。他者へ他者として送り返すこと。倫理。没我の地平。

 

このように25年間生きても当然のようにわからないこの安部公房の「鞄」という「無限の情報」は、当時と変わることなく僕の中で重大な事件として在る。

安部公房自身も自身の作品の大意はわからないように、意味よりも前に”在る”というこのことは、”無限の地図”として目の前に今も変わらず横たわっている。

 

「私は嫌になるほど自由だった。」としか言いようがない。