8月の前日

 

 

 

生活を閉じた。

 

 

高慢への献身的な復習者ボオドレエルやランボウの砂漠のなかに、人間の背後の砂漠の上に冷く散歩するライプニッツの精巧なロボットがどんな性能と容貌を持っているかはラプラスの魔物だけが識っているのかも知れないのです。             

                                 白の思想 / 北園克衛

 

昨日はボンネットに空を乗せられるような天気ではなかった。

ジメジメとした熱い外気と対抗するかのように喫茶店の中は酷く冷えている。

店員は慌ただしく動いているためか、客の体温は知らない。

店内の冷気が、適切に防御反応を起こした私の腕に、鳥肌となって現れた。

店内に入ったときの気分はアイスコオヒイを飲みたいのだが、席に着いて15分もすればもう飲みたくなくなっている。氷は解けて半分以上残ったガラスのコップを下げ台に乗せる。寒さに耐えかねて、街を変え、喫茶店から喫茶店へ移り、終いには疲れ果て、目的もなくただ体力の続く限り繰り返す。

 

いつも通りだ。

だからこそ尊いと思えるような体力などもう残っていないのに。

 

僕は書かなくて済むようになるために書いている。そうしたところで蛇が自らの尻尾を呑み込むのと変わりがない結果になるだろうことはなんとなくわかっている。僕は生活をしたくないがために書いている。書いている内容が生活であるか生活でないかは関係がない。僕が書くときは生活から遠ざかりたいときだ。僕は絶望しているときにしか書かない。滑稽なことに、僕が、僕は僕であると思う瞬間はこのときしか存在しない。あとは全く僕の僕とかけ離れている。あまりにもかけ離れている。それ以外の僕はあまりにも気味が悪く思う。滑稽である。そんな存在は僕の中にしか存在しないのだから。僕の中に愛というものが存在しないのだろうということがわかってくる。僕がこの世界でできたことは好きになることだけだったのかもしれない。行く先々で男性の左手の薬指を目で追っているのに気づく。愛することのできる人間というのはどういう人間なのだろうと考える。僕には生活が出来そうにない。ただ生活はある。眠れない。仕事に行きたくないと心から思う。