無題


大切な約束があった。約束の場所と時間に向かうことができなかった。何故できなかったのか私にもわからない。ただそうしなければならない気がした。そうすることしかできなかった。鋏が髪の毛を切る。それはいつでも過去との決別の為になされる。刃と刃が交差された現在で、過去の未来に切断される。切断だけが現在であるかのように。クラシックの流れる喫茶店で、果たさなかった約束の出口で私はそこに閉じている。バッハが流れている。田園のような弦楽器の音。何故それをそう感じるか。私は知らないままに勝手に想いを馳せる。この世に生を受けてしまったからにはこの世で二度と孤独になれず、私はその関係を制御することができない。すべてが関係の渦の中に呑まれていく。無名のまま死ぬことだけが、伝承を免れる。無名の権利。すべてが連鎖してゆく。死んだ私が憂慮すべき時間はたかだか半世紀で十分にすぎる。死の瞬間に邪魔なものはこれだけだ。あとは関係のない話。私は何を言っているのだろう。死んだ地点から無になるのだからそもそも関係のない話だ。この世界でできることは何もない。それは既になされている。互いの額に銃口を向け合いながら、鉄の鉛が緩やかに脳を貫くのを待っていることしかできない。それは既に成されている。すべて約束された場所へ線は引かれている。糸電話のように存在が伝導する。その間に何があるのかは人生ゲームのように予め記されている。ゲームと違うところはそれは既にこの世界の始まりから既にルーレットがすべて回転され終えていることだ。床には私の誕生が書きこまれていた。それだけのために。世界で起ることはそれだけだ。思考が倒れている。神だけが全てが既に終わっていることを十全に知っている。神は存在者ではない。殆ど不能な幻想の可能性だけが邪魔だった。私など、初めからどこにも居ないものの名だというのに。私は私が邪魔だった。私は私を玉座から引きずり降ろすために躍起になっている。しかし私の権能は玉座の私にしかないというのに。もっとも嫌っていた王に跪いている。私はその王を頑なに守っているとでもいうのだろうか。私が消え去れば統治すべきものがなくなった王は玉座を降りるだろう。世界と私の境界が消え去る。死ですら救いではない。死ぬには遅すぎる。茶色いフィルターが灰の上に9本転がっている。誰の音楽かもわからない音楽が流れている。破られた約束の出口にいる。アリアドネの糸が切れている。