日常性3

 

昨日からコップの一部とコップの周りの空間を合わせた共通部分の集合に名前がない(存在者)と呼べないのに不思議を感じている。あれを書いてから疲労が凄い。ここにアップロードしてから酷い腹痛がやってきて、「ああ、神、、、」になり、顔も真っ青になりながら、床に這いつくばったりして、狼狽えていました。あれくらいのものを書くにも僕には労力がいるのだ。情けないことに。気付いたら午前3時とっくにを回っており、朝起きたけど身体の怠さが限界を越えており無理だったので休みをいただくという、意味のわからなさでした。昨日のは何日か寝かせておいたものを修正したりなんなりしていたのですが、何か欠けているところがあり、少し過剰だったところがあったりしたので、先ほど少し修正しましたが、大意は変わりません。相当のあれをもって書いたのですが、如何せん自分でもあまり定まっていたものでもないので(とはいえ、ここ最近ではかなりの自身作です)、全く疲れてしまった。引用って難しい。引き剥がさずに引き剥がすこと。僕には出来なかったように思えます。ウサギのツノ。兎に角、仕事に行きたくない。ありとあらゆることは変わっていくのに仕事に行きたくないことだけは変わらないって、僕のそんな意志の固さよ、ほかのとこに使ってくれ。労働に向いていない(では、何かに向いているんですか)といわれると、何にも向いてないので僕は余裕で出来ることしかしたくない。僕はアスファルトの上ですらまともに歩くことが出来ないようです。そういえば、夜の空に対して、「晴れている」と、あまり言われないのは少し悲しいことのように思われます。開花した桜の樹だけが"桜"としてちやほやされているのを見るのに似ています。土曜、日曜に雨が多くて参っています。でも、毎日が楽しかったら、何曜日が雨だろうと、「雨が降っている」ことにイライラしたりすることもないのに。心に雨が降っているとき、世界が雨でも、

 

Hallelujah / THE NOVEMBERS

 

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